エリック・グリューエンバーグ

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エリック・グリューエンバーグ(Erich Gruenberg、1924年10月12日 - 2020年8月8日[1])は、オーストリア出身のイギリスで活動したヴァイオリニスト

生涯

ウィーンにエーリヒ・グリューエンベルクとして生まれる。

生地の音楽院で学んだあと、エルサレム音楽院に留学し、1938年から1945年までエルサレム放送協会管弦楽団のコンサートマスターを務めた。1946年にロンドンに居を移してマックス・ロスタルの下で研鑽を積み[2]、1947年のカール・フレッシュ国際ヴァイオリン・コンクールで優勝した。エドマンド・ラッブラ、ウィリアム・プリースらとの室内楽の活動をしながら、オーケストラ・プレイヤーとしても活躍し、1956年から1958年までストックホルム・フィルハーモニー管弦楽団、1962年から1965年までロンドン交響楽団、1972年から1976年までロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを務めた。

1982年からギルドホール音楽学校で教鞭をとり、1989年にはロンドンの王立音楽院の教授に就任している。

1994年にOBEを叙勲。

2020年8月8日、ハムステッド・ガーデン・サバーブの自宅にて死去。95歳没[3]

最も広く聴かれた音源としては、ロンドン交響楽団時代コンサートマスターとしてソロを演奏したリムスキー=コルサコフ「シェエラザード」(レオポルド・ストコフスキー指揮)などがある。

脚注

  1. ^ [1]
  2. ^ [2]
  3. ^ “The violinist Erich Gruenberg has died” (英語). The Strad. (2020年8月10日). https://www.thestrad.com/news/the-violinist-erich-gruenberg-has-died/11076.article 2020年8月12日閲覧。 
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