コーシー分布

コーシー(ローレンツ)分布
確率密度関数
コーシー分布の確率密度関数
緑線が標準コーシー分布
累積分布関数
コーシー分布の累積分布関数
色は確率密度関数と同じ
母数 x 0 R {\displaystyle x_{0}\in \mathbb {R} } 位置
γ > 0 {\displaystyle \gamma >0} 尺度
x ( , + ) {\displaystyle x\in (-\infty ,+\infty )}
確率密度関数 1 π γ ( x x 0 ) 2 + γ 2 {\displaystyle {\frac {1}{\pi }}{\frac {\gamma }{(x-x_{0})^{2}+\gamma ^{2}}}}
累積分布関数 1 π arctan ( x x 0 γ ) + 1 2 {\displaystyle {\frac {1}{\pi }}\arctan \left({\frac {x-x_{0}}{\gamma }}\right)+{\frac {1}{2}}}
期待値 なし
中央値 x 0 {\displaystyle x_{0}}
最頻値 x 0 {\displaystyle x_{0}}
分散 なし
歪度 なし
尖度 なし
エントロピー ln ( 4 π γ ) {\displaystyle \ln(4\pi \gamma )}
モーメント母関数 なし
特性関数 exp ( x 0 i t γ | t | ) {\displaystyle \exp(x_{0}it-\gamma |t|)}
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コーシー分布(コーシーぶんぷ、英語: Cauchy distribution)は、連続確率分布の一種である。分布の名称は、フランスの数学者オーギュスタン=ルイ・コーシーに因む。確率密度関数は以下の式で与えられる。

f ( x ; x 0 , γ ) = 1 π γ [ 1 + ( x x 0 γ ) 2 ] = 1 π γ ( x x 0 ) 2 + γ 2 {\displaystyle f(x;x_{0},\gamma )={\frac {1}{\pi \gamma \left[1+\left({\dfrac {x-x_{0}}{\gamma }}\right)^{2}\right]}}={\frac {1}{\pi }}{\frac {\gamma }{(x-x_{0})^{2}+\gamma ^{2}}}}

ここで x0 は分布の最頻値を与える位置母数(英語版)γ半値半幅を与える尺度母数(英語版)である。

この分布は、ヘンドリック・ローレンツの名を取ってローレンツ分布と呼ばれることもあり、またこれら2人の名前を合わせてコーシー-ローレンツ分布とも呼ばれる。また物理学の分野では、ブライト・ウィグナー分布という名前で知られている。この分布は強制共鳴を記述する微分方程式の解となることから、物理学では重要な存在となっている。また分光学では共鳴広がりを含む多くのメカニズムによって広げられたスペクトル線の形状を記述するために用いられる。以下では、統計学における名称であるコーシー分布を用いて説明する。

x0 = 0, γ = 1 である場合、この分布は標準コーシー分布と呼ばれ、以下の確率密度関数で与えられる。

f ( x ; 0 , 1 ) = 1 π ( 1 + x 2 ) {\displaystyle f(x;0,1)={\frac {1}{\pi (1+x^{2})}}}

性質

累積分布関数は以下のようになる。

F ( x ; x 0 , γ ) = 1 π arctan ( x x 0 γ ) + 1 2 {\displaystyle F(x;x_{0},\gamma )={\frac {1}{\pi }}\arctan \left({\frac {x-x_{0}}{\gamma }}\right)+{\frac {1}{2}}}

また、逆累積分布関数は次の通りである。

F 1 ( p ; x 0 , γ ) = x 0 + γ tan ( π ( p 1 / 2 ) ) . {\displaystyle F^{-1}(p;x_{0},\gamma )=x_{0}+\gamma \tan(\pi (p-1/2)).}

コーシー分布は、期待値や分散(およびより高次のモーメント)が定義されない分布の例として知られる。最頻値と中央値は常に定義され、それらはいずれも x0 で与えられる。

X をコーシー分布に従う確率変数とする。コーシー分布の特性関数は以下のように与えられる。

ϕ x ( t ; x 0 , γ ) = E ( e i X t ) = exp ( i x 0 t γ | t | ) . {\displaystyle \phi _{x}(t;x_{0},\gamma )=\mathrm {E} (e^{iXt})=\exp(ix_{0}t-\gamma |t|).}

UV を標準正規分布(期待値0、分散1の正規分布)に従う互いに独立な確率変数であるとすると、それらの比 U / V は標準コーシー分布に従う。

X1, X2, …, Xn をあるコーシー分布に従う独立な確率変数列とすると、それらの算術平均 X ¯ = X 1 + + X n n {\displaystyle {\overline {X}}={\frac {X_{1}+\dotsb +X_{n}}{n}}} は再び同じ位置母数、尺度母数を持つコーシー分布に従う(再生性)。この性質は、算術平均の特性関数が

ϕ X ¯ ( t ) = E ( e i X ¯ , t ) = E ( e i X 1 t / n e i X n t / n ) = E ( e i X 1 t / n ) E ( e i X n t / n ) = E ( e i X t / n ) n = exp ( i x 0 t / n γ | t / n | ) n = ϕ X ( t ) {\displaystyle {\begin{aligned}\phi _{\overline {X}}(t)&=\operatorname {E} \left(e^{i{\overline {X}},t}\right)=\operatorname {E} \left(e^{iX_{1}t/n}\dotsb e^{iX_{n}t/n}\right)\\&=\operatorname {E} \left(e^{iX_{1}t/n}\right)\dotsb \operatorname {E} \left(e^{iX_{n}t/n}\right)=\operatorname {E} \left(e^{iXt/n}\right)^{n}\\&=\exp(ix_{0}t/n-\gamma |t/n|)^{n}=\phi _{X}(t)\end{aligned}}}

となることから導かれる。このように、コーシー分布に従う確率変数を増やしても、その算術平均の分布は正規分布に近づかないため、中心極限定理における有限分散の仮定は必須であることが分かる。また、これは安定分布族(コーシー分布は安定分布族に含まれる)における一般化中心極限定理の例でもある。

コーシー分布は無限分解可能な分布である。

自由度1のT分布は、標準コーシー分布と一致する。

コーシー分布が属している位置尺度母数分布族は、実係数メビウス変換に関して閉じている。

特性関数の求め方

コーシー分布の特性関数の求め方は、標準コーシー分布の確率密度関数

1 π ( 1 + x 2 ) {\displaystyle {\frac {1}{\pi (1+x^{2})}}}

複素平面上で x = ±i のみに1位の極を持つことを利用し、留数定理を用いて算出する。

期待値が定義されない理由

コーシー分布の期待値は、 z = ( x x 0 ) / γ {\displaystyle z=(x-x_{0})/\gamma } と置換すると

E [ x ] = x f ( x ) d x = x 0 f ( x ) d x + ( x x 0 ) f ( x ) d x = x 0 + γ π x x 0 ( x x 0 ) 2 + γ 2 d x = x 0 + γ π lim R 1 , R 2 R 1 R 2 z 1 + z 2 d z = x 0 + γ 2 π lim R 1 , R 2 [ log ( 1 + z 2 ) ] R 1 R 2 = x 0 + γ 2 π lim R 1 , R 2 log ( 1 + R 2 2 1 + R 1 2 ) {\displaystyle {\begin{aligned}\operatorname {E} [x]&=\int _{-\infty }^{\infty }xf(x)\,dx=\int _{-\infty }^{\infty }x_{0}f(x)\,dx+\int _{-\infty }^{\infty }(x-x_{0})f(x)\,dx\\&=x_{0}+{\frac {\gamma }{\pi }}\int _{-\infty }^{\infty }{\frac {x-x_{0}}{(x-x_{0})^{2}+\gamma ^{2}}}\,dx\\&=x_{0}+{\frac {\gamma }{\pi }}\lim _{R_{1},R_{2}\to \infty }\int _{-R_{1}}^{R_{2}}{\frac {z}{1+z^{2}}}\,dz=x_{0}+{\frac {\gamma }{2\pi }}\lim _{R_{1},R_{2}\to \infty }\left[\log(1+z^{2})\right]_{-R_{1}}^{R_{2}}\\&=x_{0}+{\frac {\gamma }{2\pi }}\lim _{R_{1},R_{2}\to \infty }\log \left({\frac {1+{R_{2}}^{2}}{1+{R_{1}}^{2}}}\right)\end{aligned}}}

となるが、この広義積分の値は存在せず(十分大きな R1, R2 について、 log ( ( 1 + R 2 2 ) / ( 1 + R 1 2 ) ) {\displaystyle \log \left((1+{R_{2}}^{2})/(1+{R_{1}}^{2})\right)} ( , ) {\displaystyle (-\infty ,\infty )} のどのような値でも取りうるので、二重極限としての収束値は存在しない)、このため期待値は存在しない。なお、コーシーの主値 lim R R R x f ( x ) d x {\displaystyle \lim _{R\to \infty }\int _{-R}^{R}xf(x)\,dx} x0 である。

大数の強法則など、期待値に関する確率論のさまざまな結果は、このようなケースでは成立しない。

また、コーシー分布に従う母集団から無作為抽出された標本に関する算術平均は、ただ一つの抽出による結果からは一切改善されない。これは、標本に極端に大きな(あるいは小さな)値が含まれる可能性がかなり高いからである。しかし、標本中央値(これは極端な値には影響を受けない)は中心(最頻値)を知るための一つの尺度となりうる。

2次モーメントが無限大になる理由

期待値が定義されない限り、分散や標準偏差を考えることは不可能である。しかし、原点を中心とした2次モーメントを考えることは可能である。しかし、これもまた無限大となる。

E ( X 2 ) x 2 1 + x 2 d x = d x 1 1 + x 2 d x = π = . {\displaystyle \operatorname {E} (X^{2})\propto \int _{-\infty }^{\infty }{\frac {x^{2}}{1+x^{2}}}\,dx=\int _{-\infty }^{\infty }dx-\int _{-\infty }^{\infty }{\frac {1}{1+x^{2}}}\,dx=\infty -\pi =\infty .}

相対論的ブライト・ウィグナー分布

原子核物理学および素粒子物理学において、共鳴のエネルギー特性は相対論的ブライト・ウィグナー分布によって記述される。

関連項目

離散単変量で
有限台
離散単変量で
無限台
  • ベータ負二項(英語版)
  • ボレル(英語版)
  • コンウェイ–マクスウェル–ポワソン(英語版)
  • 離散位相型(英語版)
  • ドラポルト(英語版)
  • 拡張負二項(英語版)
  • ガウス–クズミン
  • 幾何
  • 対数(英語版)
  • 負の二項
  • 放物フラクタル(英語版)
  • ポワソン
  • スケラム(英語版)
  • ユール–サイモン(英語版)
  • ゼータ(英語版)
連続単変量で
有界区間に台を持つ
  • 逆正弦(英語版)
  • ARGUS(英語版)
  • バルディング–ニコルス(英語版)
  • ベイツ(英語版)
  • ベータ
  • beta rectangular(英語版)
  • アーウィン–ホール(英語版)
  • クマラスワミー(英語版)
  • ロジット-正規(英語版)
  • 非中心ベータ(英語版)
  • raised cosine(英語版)
  • reciprocal(英語版)
  • 三角
  • U-quadratic(英語版)
  • 一様
  • ウィグナー半円
連続単変量で
半無限区間に台を持つ
  • ベニーニ(英語版)
  • ベンクタンダー第一種(英語版)
  • ベンクタンダー第二種(英語版)
  • 第2種ベータ
  • Burr(英語版)
  • カイ二乗
  • カイ(英語版)
  • Dagum(英語版)
  • デービス(英語版)
  • 指数-対数(英語版)
  • アーラン
  • 指数
  • F
  • folded normal(英語版)
  • Flory–Schulz(英語版)
  • フレシェ
  • ガンマ
  • gamma/Gompertz(英語版)
  • 一般逆ガウス(英語版)
  • Gompertz(英語版)
  • half-logistic(英語版)
  • half-normal(英語版)
  • Hotelling's T-squared(英語版)
  • 超アーラン(英語版)
  • 超指数(英語版)
  • hypoexponential(英語版)
  • 逆カイ二乗(英語版)
    • scaled inverse chi-squared(英語版)
  • 逆ガウス
  • 逆ガンマ
  • コルモゴロフ
  • レヴィ
  • 対数コーシー
  • 対数ラプラス(英語版)
  • 対数ロジスティック(英語版)
  • 対数正規
  • ロマックス(英語版)
  • 行列指数(英語版)
  • マクスウェル–ボルツマン
  • マクスウェル–ユットナー(英語版)
  • ミッタク-レフラー(英語版)
  • 仲上(英語版)
  • 非心カイ二乗
  • パレート
  • 位相型(英語版)
  • poly-Weibull(英語版)
  • レイリー
  • relativistic Breit–Wigner(英語版)
  • ライス(英語版)
  • shifted Gompertz(英語版)
  • 切断正規
  • タイプ2ガンベル(英語版)
  • ワイブル
    • 離散ワイブル(英語版)
  • ウィルクスのラムダ(英語版)
連続単変量で
実数直線全体に台を持つ
連続単変量で
タイプの変わる台を持つ
  • 一般極値
  • 一般パレート(英語版)
  • マルチェンコ–パストゥール(英語版)
  • q-指数(英語版)
  • q-ガウス
  • q-ワイブル(英語版)
  • shifted log-logistic(英語版)
  • トゥーキーのラムダ(英語版)
混連続-離散単変量
  • rectified Gaussian(英語版)
多変量 (結合)
【離散】
エウェンズ(英語版)
多項
ディリクレ多項(英語版)
負多項(英語版)
【連続】
ディリクレ
一般ディリクレ(英語版)
多変量正規
多変量安定(英語版)
多変量 t(英語版)
正規逆ガンマ(英語版)
正規ガンマ(英語版)
行列値
逆行列ガンマ(英語版)
逆ウィッシャート(英語版)
行列正規(英語版)
行列 t(英語版)
行列ガンマ(英語版)
正規逆ウィッシャート(英語版)
正規ウィッシャート(英語版)
ウィッシャート
方向
【単変量 (円周) 方向
円周一様(英語版)
単変数フォン・ミーゼス
wrapped 正規(英語版)
wrapped コーシー(英語版)
wrapped 指数(英語版)
wrapped 非対称ラプラス(英語版)
wrapped レヴィ(英語版)
【二変量 (球面)】
ケント(英語版)
【二変量 (トロイダル)】
二変数フォン・ミーゼス(英語版)
【多変量】
フォン・ミーゼス–フィッシャー(英語版)
ビンガム(英語版)
退化特異
  • 円周(英語版)
  • 混合ポワソン(英語版)
  • 楕円(英語版)
  • 指数
  • 自然指数(英語版)
  • 位置尺度(英語版)
  • 最大エントロピー(英語版)
  • 混合(英語版)
  • ピアソン(英語版)
  • トウィーディ(英語版)
  • wrapped(英語版)
サンプリング法(英語版)
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