光泉寺

曖昧さ回避 この項目では、群馬県吾妻郡草津町の光泉寺について説明しています。その他の用法については「光泉寺 (曖昧さ回避)」をご覧ください。
本堂
山門

光泉寺(こうせんじ)は、群馬県吾妻郡草津町にある真言宗豊山派寺院である。山号は草津山。関東薬師霊場第四十四番札所。

歴史

721年、薬師堂行基が創建した。光泉寺自体は1200年正治2年)に当時草津を治めていた湯本氏によって白根明神別当寺として再建されたと言う。僧職鎌倉幕府から地頭に任じられていた。南北朝の争いでは南朝側につき僧兵を率いた。護良親王新田義貞楠木正成名和長年北畠親房らによる神札が奉納されている。その後、1481年(文明13年)には勅願寺となって後花園天皇勅額柏原天皇宸翰下賜された。戦国時代には上杉輝虎が戦った猿ヶ京合戦に参加、輝虎より感状を受けている。1703年元禄16年)に建立された釈迦堂も現存している。

本寺は、行基創建の有馬温泉温泉寺に、山代温泉薬王院温泉寺または道後温泉石手寺城崎温泉温泉寺(道智上人開基)の一つを合わせて「日本温泉三大薬師」と呼ばれている[1]

2018年12月31日、2022年12月31日 NHKゆく年くる年放送。

行事

所在地

群馬県吾妻郡草津町甲446

周辺

脚注

  1. ^ 光泉寺ホームページ

関連項目

ウィキメディア・コモンズには、光泉寺に関連するカテゴリがあります。

外部リンク

  • 公式サイト

座標: 北緯36度37分20.2秒 東経138度35分42.2秒 / 北緯36.622278度 東経138.595056度 / 36.622278; 138.595056