篠崎清

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篠崎 清(しのざき きよし、生年不詳 - 1973年)は、日本の陸上競技選手。元マラソン日本代表。

来歴

1950年、第26回東京箱根間往復大学駅伝競走日本体育大学の5区で出場し、第2位[1]

1951年、全日本マラソンで優勝。1953年日本代表として第58回ボストンマラソンに出場。22位に入った。現役引退後は茨城県立藤代高等学校教諭として後進の指導にあたっていたが、1973年、交通事故により死去した。

脚注

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  1. ^ “第26回東京箱根間往復大学駅伝競走”. 日本体育大学 駅伝部 (2017年1月14日). 2021年6月20日閲覧。
日本の旗日本陸上競技選手権大会 男子マラソン優勝者
1910年代
1920年代
  • 20 後藤長一
  • 21 下村広次
  • 22 西田長次郎
  • 23 松岡正夫
  • 25 丸三郎
  • 26 山内政夫
  • 27 高橋清二
  • 28 山田兼松
  • 29 楠好蔵
1930年代
1940年代
1950年代
  • 50 野田義一
  • 51 篠崎清
  • 52 橋本博
  • 53 廣島庫夫
  • 54 高橋芳勝
  • 55 フィンランドの旗ヴェイッコ・カルヴォーネン(英語版)
  • 56 山田敬蔵
  • 57 堀之内澄雄
  • 58 堀之内澄雄
  • 59 越川泰男
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
2020年代
  • *は大会記録
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